2012年11月28日水曜日

即興詩人

 鴎外が日本語訳した「即興詩人」の初版の前書きに「此譯は明治二十五年九月十日稿を起し、三十四年一月十五日完成す。」と記されている。8年4ヶ月の歳月をかけている。一般のイメージでは鴎外は文豪だが、伝記の類を読んでみると、鴎外はやはり官僚(軍医)であることがプライオリティの第一であったと思われる。その官僚としての様々な仕事の合間に訳出したとなると、その忍耐強さに驚く。翻訳開始後には日清戦争も起こったわけであり、鴎外にも多くの為すべき職務が山のようにあったはずである。

 訳出し終わったのは、小倉で2番目に居した京町の自宅に引っ越して間もなくである。小倉に赴任してからほぼ一年半が経過している。小倉赴任前までに、即興詩人のどの部分まで訳出し終わっていたのかはわからないが、東京にいたときよりは時間が取れたであろう小倉赴任がなければ、ひょっとしたら即興詩人の翻訳終了までにはまだ月日がかかったかもしれないし、翻訳が終了しなかった可能性もあったかもしれない。

 鴎外訳による即興詩人が公になった後、その本を片手にヨーロッパを旅した日本人が数多くあったことを聞くとき、鴎外の小倉着任が与えた一つの大いなる影響を見ることができる。

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